嵐が去りました。
雨風の嵐でもなく、ジャーニーズの嵐でもなくて、地元の友達がアリカンテに遊びに来て、日曜日に帰っていきました。嵐というほどハードスケジュールではなかったんだけど、久しぶりに方言を使うとその後いつも嵐が去ったような感覚がやってくる。 私は福岡県の筑後地方出身で、とにかく方言が汚いとうわさのところ。確かにそうだなって自分でも思う。やたらに濁音が多い気もする。そのせいか、エネルギーにあふれている感覚もある。大阪人が笑いは大阪が一番で大阪弁でないと面白くないというように、方言は、その地方の方言同士のテンポ見たいなものがあると思う。方言で話している時に、急に東京弁や他の方言が混ざると、「あれっ、何かくるっている」というような感じがする。音楽でいうなら、2拍子の楽譜に急に3拍子のテンポが入って来たみたいな感じだろうか。そのせいか、筑後弁で話しかけられると、筑後弁で返し、標準語で話しかけられると、標準語で話すというサイクルが出来てしまった。
スペインにも方言とういうものがある。日本のように語尾やアクセントが地域によって少しづつ違う。でもそれ以外にスペインには4つの言語が存在する。国際的に認められているかどうかはわからないけど、私たちが言うスペイン語で、国の言語でもある「カステヤーノ」、バスク地方の「バスク語」、ガリシア地方の「ガリシア語」、バルセロナ、バレンシアあたりで話される、「カタルーニャ語」の4つ。スペインでは、国の政府の他にに地方自治体も割に重要で、各地違った決まりごとなどが多い。その中で、バスク地方ではバスク語もオフィシャルランゲージに登録されていて、以下ガリシア語もカタルーニャ語も同じようにその地域のオフィシャルランゲージになっている。その分子供たちは大変で、国語の授業では2つの言語を習っている。
私がいるアリカンテの地域はおおまかに言えば、カタルーニャ語を話す。ただ大まかにと言ったのは、このバレンシア自治区では「カタルーニャ語」を「バレンシア語」といってこの地区の正規の言葉として教えている。カタルーニャ語の方言みたいなもの。どの言葉にせよ(*バスク語以外)、方言なんじゃないかなと思うけど、違うらしい。日本で言う、沖縄の言葉のようなものなのかな?とも思う。方言というより、別の言語のようにわからない沖縄の言葉やズーズー弁だって、別の言語にするって定義したらそうなってしまうんじゃないかな。 と、長々と書いたけど、方言はその地域の文化だし、日本も無くなっていかないように、授業なんかに少し入れ込んでも面白いかなと思う。
*バスク語は源が違うのでまったくスペイン語には似ていません。
2011年4月6日水曜日
2011年3月13日日曜日
東日本大地震 スペインでの報道
一昨日前に起こった。東日本大地震。2011年3月11日。
ニュースで日本で地震が起きたと、朝起こされた。始めは地震は日常茶飯事の日本だから、軽い気持ちで「ふうん」とニュースを見ると、大変なことになっていた。スペインでも1日中日本の地震の報道で、日本に住むスペイン人の安否の確保などが大きく報道された。私も、実家にまず安否の確認、それから友人たちへのメール。実家は福岡なので、至って平和で安心しが、連絡がとれない関東の友人がいたのでやきもきした。それでもその日の夕方あたりにはほとんどの友人からメールの返信があり、安心した。
午前中のニュースでは、ひどいことはわかっていたが、具体的にどれくらいの規模なのか、どれくらいの人が人が被害にあっているのか全くわからなかった。始めは死者10何人から始まり、もちろん今日まで増えていき、スペインでも行方不明者を含めまだはっきりした数字は報道されていない。
随時ニュースをみていると、福島の原発の問題が大きく取り上げられている。海水を注入したということだけど、放射能の値が収まることを祈っている。そして、その周りで働いている人たちに被害がないように。
新聞も報道機関も日本の地震一色になっている。ここからも、支援がでると思う。私たちも、ここからできる限り支援したいと思う。
ニュースで日本で地震が起きたと、朝起こされた。始めは地震は日常茶飯事の日本だから、軽い気持ちで「ふうん」とニュースを見ると、大変なことになっていた。スペインでも1日中日本の地震の報道で、日本に住むスペイン人の安否の確保などが大きく報道された。私も、実家にまず安否の確認、それから友人たちへのメール。実家は福岡なので、至って平和で安心しが、連絡がとれない関東の友人がいたのでやきもきした。それでもその日の夕方あたりにはほとんどの友人からメールの返信があり、安心した。
午前中のニュースでは、ひどいことはわかっていたが、具体的にどれくらいの規模なのか、どれくらいの人が人が被害にあっているのか全くわからなかった。始めは死者10何人から始まり、もちろん今日まで増えていき、スペインでも行方不明者を含めまだはっきりした数字は報道されていない。
随時ニュースをみていると、福島の原発の問題が大きく取り上げられている。海水を注入したということだけど、放射能の値が収まることを祈っている。そして、その周りで働いている人たちに被害がないように。
新聞も報道機関も日本の地震一色になっている。ここからも、支援がでると思う。私たちも、ここからできる限り支援したいと思う。
2011年2月27日日曜日
桜満開?
でもこれ桜じゃなくてアーモンドの木。スペインのアリカンテ地方ではもう2月からお花見にいけるくらいアーモンドの花が満開になる。桜とよく似ていてすごくきれいなんだけど、残念なのが、時期がちょっと早いかなと思う。2月にお弁当にピクニックは少し寒いかな。たまに暖かい日もあって2月でもここは20度を超すこともあるんだけれど、週末に限ってまた冷えこんだりで、2月3月の天気は予想できず。そして4月になると雨季に入る。
私も去年アーモンドの木をおばあちゃんの家の庭に植えた。まだまだ赤ちゃんだけれど、しっかり実がなる。私のアーモンドも早くお花見ができるくらい大きくなるといいな~。
2011年2月15日火曜日
People meet in architecture (スペインで話題の日本人)
私がたまに購読している、スペインの雑誌に去年建築会のプリツカー賞を日本人のSANAAというグループがとったとうい記事が載っていた。去年の章が今年載っているというのがスペインらしい。プリツカー章とは文学でいうノーベル章のようなもの。そのSANAAのひとりに妹島和世さん(写真左)という建築家がいて、ちょうど私が行った研究室の先生の元同僚かなにかで、私が通った大学から学生がインターンにいかせてもらっていた。私はそのとき違う事務所へ行ったのだけれど、そこの事務所はすごく大変で忙しいと聞いたのを今でも覚えている。そこで彼女が言っている言葉が"People meet in architecture"。直訳すると、なにか理解しづらいんだけど、「人々は建物のなかで出会う。」みたいなことなのかな。確かに街の中なんかより、人が歩く軌道なんかを、自分たちの手で作り出せるし、規模が大きくても小さくても、ここでどういう風に人が顔をあわせるかとか、ここですれ違うんだとか、ここからどこが見渡せるとか考えるとなんかわくわくしてくる。でも彼女の建物とかみると、単純にすごいな~って思う。
ただ、建物の概観がドラえもんの21世紀の図みたいになってきたな~、って最近思う。この感じでずっと建物が建ったら、本当にあの21世紀の絵になっていくのかな。今だから概観も斬新でもそれがたくさんできたら普通になっていくんだろうか。私は今ヨーロッパに来て以来昔好きだった未来っぽい建築より、古くからあるいつまでも色あせない建物が好きになった。昔のヨーロッパのスタンダードなんだろうけど、すごく魅力的。そうやって、内装だけ新しいものに変えていって、無駄をなくして、エコやこれからの考えに適しているとも思う。これからもそういう残せるものは絶対残さなければいけないと思う。その他に建築やデザイン雑誌なんかによくでる日本人では、NENDOというグループや、深澤直人さんなんかがよく雑誌にでてくるかな。MUJIなんかも有名。文学に関しては、圧倒的に村上春樹が有名で、新聞の雑誌なんかに特集がくんであったりもする。なにげによく読まれているのが、三島由紀夫。スペイン小説のあの独特の暗い雰囲気、たとえば日本で有名な小説の中ではカルロス ルイス サフォンの風の影なんかに世界が似てるからじゃないかなって思う。少しながくなったけど、小説などの話はまた今度。
2011年2月2日水曜日
まずいコーヒー
毎日バスステーション付属の名前も分からないようなカフェでまずいコーヒーを飲む。 まずいまずい、と思いながらも毎日のように飲んでいると意外と愛着がわいてくる。最近はウェイターのお兄さんにだいたい同じものを頼むので、注文する前から「カフェ コン レチェ?」と促され、「sí sí、(はい、そうです)」で、注文が成立するようになった。ちょとちがう種類の「カフェ コルタド」など頼みたいときも、親切で言ってくれているからちょっと悪いなって思ってしまって、すごく他のものに変えたいとき以外はカフェコンレチェにする(笑)。私このへんがつくづく日本人だと思う。
内装なんかは、鉄道のこじゃれたカフェなんかとはちょっと違って、大分すたれている。というのも、鉄道は直通で行くところが限られてくるんだけど、(マドリード、バルセロナ、バレンシアなど)バスは、他の国、モロッコまで直通で行ってしまうので、移民たちやその名残で職をもたない人たちが集まってきてトイレを使用したりしてうろうろしている。小銭をせびりにくるなんて日常茶飯事なところ。そのカフェのインテリアに目を向けると、廃れていて、壁なんか頑張っておしゃれっぽくしたけど、色を使い過ぎて反対にダサい雰囲気をかもし出している。でも椅子はしっかり北欧家具のアルネヤコブセンのクラシックなセブンチェアだったりするのが、やっぱりヨーロッパだなって一人で納得してしまう。
そして今日もまたまずいコーヒー。
スペインのプチカフェ講座。
"café con leche" (カフェ コン レチェ)
牛乳多めのいわゆる、イタリア語で言うと、カフェラテ、フランス語でいうとカフェオレにあたるもの。
"café cortado" (カフェコルタド)
カフェコンレチェの半分くらいの牛乳でショートなカフェ
"café solo"(カフェ ソロ)
いわゆるエクスプレッソの濃いコーヒー。日本で飲むアメリカンみたいに薄くほしい場合は、外で注文したことないけど、café largo(カフェ ラルゴ)って行ったら通じるかな?ラージコーヒーみたいな意味です。
内装なんかは、鉄道のこじゃれたカフェなんかとはちょっと違って、大分すたれている。というのも、鉄道は直通で行くところが限られてくるんだけど、(マドリード、バルセロナ、バレンシアなど)バスは、他の国、モロッコまで直通で行ってしまうので、移民たちやその名残で職をもたない人たちが集まってきてトイレを使用したりしてうろうろしている。小銭をせびりにくるなんて日常茶飯事なところ。そのカフェのインテリアに目を向けると、廃れていて、壁なんか頑張っておしゃれっぽくしたけど、色を使い過ぎて反対にダサい雰囲気をかもし出している。でも椅子はしっかり北欧家具のアルネヤコブセンのクラシックなセブンチェアだったりするのが、やっぱりヨーロッパだなって一人で納得してしまう。
そして今日もまたまずいコーヒー。
スペインのプチカフェ講座。
"café con leche" (カフェ コン レチェ)
牛乳多めのいわゆる、イタリア語で言うと、カフェラテ、フランス語でいうとカフェオレにあたるもの。
"café cortado" (カフェコルタド)
カフェコンレチェの半分くらいの牛乳でショートなカフェ
"café solo"(カフェ ソロ)
いわゆるエクスプレッソの濃いコーヒー。日本で飲むアメリカンみたいに薄くほしい場合は、外で注文したことないけど、café largo(カフェ ラルゴ)って行ったら通じるかな?ラージコーヒーみたいな意味です。
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